Diary 2013. 3
メニューに戻る
3月30日 (土)   少女時代の 故郷

 今朝 急用で、育った集落を通り抜けたところ、昔懐かしい棚田が、すっかりコンクリートで固められた土手になっていました。
太平洋戦争が本格化してきた、高等女学生二年の初夏、田植動員の時、その日の私達の雇い主? の小父さんに、 『小父さん、今日から英語は廃止になった。 私はまだ、A・B・Cと、ジィスイズ ア・ペン しか知らないのに、、』 と、ぼやいたら、『あ、よかよか、おじさんが何でも教えてやる!』 『英語も知っている ?』 『ウン ウン』 と、軽い返事。 
翌日、田植えの準備中 『小父さん ”ロマンチック”って何? 』と聞くと、『ロマン ぬ、ちくっとよ (ロマンを付けるのよ)』 との答え。 『ロマン て、何のこと?』 と聞くと、 『薬か なんか だろ。  はよ(早く)、綱を、引かんか! 』と、大声で 一喝 !。
思い出して 懐かしく、、。 もう懐かしい人達は 誰もいない。 あの頃 少女だった自分が、八十歳を越したんだもの、、。 

左の写真は、今日の 【光友1号】。 真ん中は、【鶯宿梅】、実の成りは三分の一ですが、成分は本当に高いです。 右は、遅れて咲いた 【アシビ】 。

20130330-1.jpg 20130330-2.jpg 20130330-3.jpg



3月28日 (木)   日本蜜蜂の ダブル分蜂

 『ま、大丈夫ですね。』 との 精密検査の結果報告。 ”年が八十四なのだから、、” 多少どこかが どうかあるのが当たり前だと、自分で納得して、『とにかく 手際よく、心に引っかかる仕事を、すべて急ごう。 のんびりするのは、あの世とやらで、、』 と、自分なりに、検査結果にけりをつけて、事務所に向うと 又、日本蜜蜂が二箇所も分蜂を初めていました。 
一箇所は、蜂のかたまりが長く伸びて、次の飛行準備を整えています。 専務が慌てて準備をしていました。 『蜜も取らないのに、なぜ飼っているのか』 と聞かれ、【絶滅危惧種】 だと言うと、【え? 何時発表された ?】 。話にならない。 
【メダカ】や【うなぎ】 のように、この地方に居なくなってからでは遅すぎる。 平成九年、 小林の井出の山公園から、空の一升瓶に入れて盗んできた ホタル は、細々と生き延びていたところ、山間部の田の耕作放棄で農薬の被害がなくなって小溝の ”カワニナ”が増え始め、最近見物人が立つほど、ほんの少しづつ、増えてきた。 とにかく人間だけ生き延びても、共生してくれる自然が豊かでないと、空しいと思います。

左は、梅園内の蜜蜂用花畑。 真ん中は、今日現在の梅の実。 右は 犬フグリの花と共生のタンポポ、黄色の大輪と、小さな水色のイヌフグリの花です。 ぐるりと見回すと 花花のど真ん中です。

20130328-1.jpg 20130328-2.jpg 20130328-3.jpg



3月25日 (月)   健康のため 精密検査

 梅の実は大きくなっていくし、後継者達へバトンタッチの教育はまだ充分ではないし、、、何はともあれ ”健康が第一” と、健康診断に行ったところ、 【たいした事はないと思うが、精密検査を】 と、紹介状を渡され、今日は医師会病院へ精密検査に行きました。
帰り道、桜はまだ満開なのに、或るか無しかの風に、見事に散っていて、車で踏むのが惜しく、つい車を止めてしまいました。 帰って気がつくと、庭の山吹の花も満開、椿の木も花で埋まっています。 気にしないつもりでも、精密検査のことが気にかかるのか、花 花 花に、何だか 変な気分になりました。

20130325-1.jpg 20130325-2.jpg 20130325-3.jpg



3月22日 (金)   梅の実が 大きくなり始めて

 梅の花が終って、去年植えつけた梅の木を見回ってみたら、なんと、野兎に根の周りをかじられて、枯れているのが数本! 。うっかり 野兎対策を忘れていたのです。 まわりには、いっぱい ハコベに 仏の座等いろいろと草が生い茂っているのに、なぜ わざわざ梅の根をかじるのか、、、傍にいたら パシッ !と、拳骨を一発食わせたい気持ち。
伸び始めた梅園の草刈も急がねばならないし、生き残った梅の木を守るため、根回りも囲ったり、椿の木を、新しく植える山の竹や草刈りも急がないと遅れるし、、 ダイレクトの発送準備も遅れる、、、急がないと、又、一年遅れてしまう ! 梅園に出てみると、もう 梅の実も小豆の大きさになって、ガクの中からはみ出しています。 オチオチ 年も取っておれません  忙しすぎて、、
左は 豊かに繁茂している梅園の草、 真ん中は今が満開の庭の吉野桜。 右は 日に日に大きくなっていく 梅の実、葉っぱより先に育っていきます。 

20130322-1.jpg 20130322-2.jpg 20130322-3.jpg



3月16日 (土)   蜜蜂の 分蜂

 蜜蜂が騒がしいのでふと見ると、梅の幹に ”だんご” になって、分家の準備、、と 言うより、分家を始めていました。 菜の花や野草の花等、無農薬の梅園では、どこを見ても花満開ですから、梅園内の 日本蜜蜂が増えて、分家を始めたのです。 
慌てて 蜜蜂の箱を取りに走るやら、カメラを取りに走るやら テンヤワンヤ ! 嬉しくて、わくわくして、、躍りだしたくて、、。

左は 梅の幹に分家を始めた蜜蜂の ダンゴ。 真ん中は ダンゴになった蜜蜂。 大騒ぎを下に、梅の実も日差しを一杯受けて、大きくなりはじめました。。 

20130316-1.jpg 20130316-2.jpg 20130316-3.jpg



3月15日 (金)   生まれたばかりの 梅の実

 梅の花の満開から約一ヶ月、一番遠くにある 荒川内の梅園に行ってみると、事務所や工場周辺の梅よりも元気なのにびっくり。 もう 緑の丸い実が、茶色の ”ガク” からはみ出し始めていました。 今のところ 今年は豊作! しかし、今 晩霜がくると、ひとたまりも無く梅の実は落ちてしまいます。 『霜が来ませんように!』 本気で祈りながら帰りました。

左の写真は、生まれたばかりの梅の実、初めての青空を見ています。 真ん中は、枝いっぱい成っている梅の実ですが、霜が来るとひとたまりもありません。 右は庭の 肥後椿ですが、もう満開になつていますから、霜は降りないかも.. ?   

20130315-1.jpg 20130315-2.jpg 20130315-3.jpg



3月13日 (水)   新しい社員と 椿の花

 今日から、『どうしても紅梅園で働きたい』 と、何より嬉しい事を言ってくれた、新社員が初出社。 今夜は、何はともあれ 歓迎の宴です。
幸いな事に、彼女の一番好きな仕事は、加工だと言う事で本当に助かりました。 
これで、生産、 加工、 販売、の 夫々の担当が揃います。  農業は、生産、加工、販売までの一貫した、六次産業でないと、良い物は作れないし、経営も成り立ちません。 私は、半世紀前、六次産業の農業経営を、一人で計画、実行してきましたが、今 振り返ると、神業的な人生だったと、、他人事のように思うことがあります。
紅梅園の初代は私、二代目は、太平洋戦争の生き残りである私のようには行きません。 時代背景も変わってきました。 

【スタッフが揃った !】。 心の負担がスーッ ! と 空に消えたような気分になった途端、裏山の藪椿の満開が、、、。 藪椿も、何代も進化? したのか、少しづつ多様化したらしく、写真の藪椿は、全部裏山に自生した椿てすが、ほんの少しづつですが、花の様子が、人の顔のように違います。 

20130313-1.jpg 20130313-2.jpg 20130313-3.jpg



3月10日 (日)   梅干の 味

 裏山の椿の茂みで、毎朝のように鶯の ”つぶやき” がして、すっかり春めいてきました。
 一昨日から全員で、在来の梅の樹の移植に掛かっており、ブルトーザもフル回転で動く中、若い社員は成木の移植は初めてなので、指示しながら頑張ってみるのですが、言葉も出ないほど疲れ果てて、事務所に帰りました。
すると、栃木のお客様から、梅干のご注文があり、 
『梅干を切らして、他社のものを食べたが美味しくなかった。 お宅の梅干は、他界した祖母が作っていた梅干に、一番近い、、』と、絶賛のお言葉、、
昔の梅干は、それぞれの土地や屋敷にある在来の梅で、全国同じように、海から取れる塩で漬け込み、土用が来たら、天日干しして、同じようにシソで漬けていたようです。 
太平洋戦争がきびしくなった終戦前、菜種と椿の製油業だった実家の工場は、補充兵の宿舎になっていましたが、全員東北の方々でした。 言葉はお互いに解りにくかったのですが、日本の南と北でありながら、漬物、梅干、梅肉エキスの作り方など等、殆ど同じで、ビックリしたのを覚えています。
昔の人は、夫々の食べ物を、一番賢い方法で食べていらっしゃったのだと思います。 私共が今 生産している梅の品種は在来品種の鶯宿梅、加工の方法も、昔 私が祖父母達から教わったとおり、余計なこともせず、手抜きもしない、梅干と 梅肉エキスです。  だから、栃木地方の味も似ているのでしょう。 とても嬉しいお電話でした。 食べ物はやはり 【真土不二】 だと確信しました。

梅園の花盛りは、みつを吸うメジロに、真ん中の ”キツツキ” の仲間でしょうか、梅の古木に ”コツコツ”と音を立てながら、穴を開け始めました。 右は 鶯か、、 賑やかです。

20130310-1.jpg 20130310-2.jpg 20130310-3.jpg



3月6日 (水)   鶯の つぶやき

 疲れが溜まって、たまって、【どんなに忙しくても、何があっても、今日は死んだつもり、、】 と、朝寝していたら、何やら心地よい気配、、裏山で昔懐かしい呟き、、”うぐいす” だと、すぐわかりました。 
鶯が帰ってきたのです。 頭を上げると、 パアーッ ! と晴れ上がって、本当の 早春の空です。 鶯が すぐ窓近くの椿の茂みの中で、 ”ブツブツ チロチロ ケキョケキョ” 等など混ぜ合わせて、一生懸命つぶやいています。 子供の頃、兄はこの鳴き方を 【キョロメキ】 と言っていました。
何時の間にか ”寒い寒い” と言っているうちに、早春は遠ざかりつつ、春がそこまできているのでしょう。 もう ちょっとだけ、鶯が鳴きやむまでと、寝ていました。

左は 満開の鶯宿梅園。 真ん中は、満開の鶯宿梅の枝先に もう小鳥が子育ての 巣を作り始めたのでしょうか。 右は白梅の満開で、最高の梅園の花盛りです。

20130306-1.jpg 20130306-2.jpg 20130306-3.jpg





ホームに戻る土へのこだわり成分分析会社概要商品紹介有機野菜ご注文お問合せ
Copyright (c) 2005 KOUBAIEN All right Reserved.